スルメ日記

ライターのユッキィ吉田が「ゆるい日常」を綴っております。

丁々発止

bluesnake2007-12-02



昨日のつづきです。談春独演会。


中入り後、羽織なしの臨戦モードで登場した談春師。枕もそこそこに噺へ入っていく。


「おまえさん、起きておくれよ」


師走の人情噺「芝浜」だ。落語好きならば、当然喜ぶべきセレクトだけれど、私はどうも、この長講が苦手。談春の「芝浜」、前回聴いたのは昨年の九月だったか、この人にしては珍しく、台詞がこなれてないなぁ、という印象しか残らなかった。そんなわけで、失礼ながら、期待感薄めに聴いていたのですが、いやぁ噺は生きものですわ。もうね、まったく、全然別物のチャーミングな芝浜でしたよ。


出色は、大金を手に入れて舞い上がり、またぞろ酒をくらって寝てしまった亭主の勝五郎が、目覚めてからの場面。


ここで、おかみさんは大ばくちを打つ。「すべては夢」で片付けようと勝負にでる。コンフィデンシャル・ゲーム。いわば信用詐欺である。コン・ゲームの要諦は、痛快さ。手腕鮮やかに騙してさしあげることこそ、相手に対する礼儀。そういうマナーを談春師は、きっちりと押さえて、耳に心地よいこと。


女がたたみかけ、男が返す。男が返せば、女はひらりと上を行く。このリズム、このコードチェンジが、絶妙なのである。名プレーヤーのアドリブ合戦を聴いているよう。


噺の構成自体は以前と変わっていないと思うのだが、人物が立ち上がっていましたね。おかみさんは柔らかで、シャレていて、勝五郎も飄々として愚かしい。芝浜って、こんなに笑える噺だったの?


財布を拾ったのは夢と知って愕然とする勝五郎、急に弱気になって


「おっかぁ、俺と一緒に死んでくれ」
「お前さんとなら、死んでもいいわよ」


この、グッとくるやりとりも、談春師は、余情を残さない。


「やっぱり死ぬのは、イヤだよお」
「あ、そう」


ちょっと古いけれど、往年の松竹新喜劇藤山寛美と名相方・千葉蝶三郎のアドリブ合戦を思い出した。あの伝説の「かけあい」を彷彿させる絶妙のリズムだ。


最後の最後。すべてを打ち明けて、亭主にわびるおかみさん。久々に酒を飲もうか、そう切り出した女房に勝五郎はちょっと照れ、頬をゆるめる。


「酒飲んだら、また商売しなくなるかもしれないぜ」


この後の台詞が、まぁ、シャレていること。うまい! 思わず膝を打ちましたね。会場は爆笑。でも、笑いを巻き起こしつつ、小憎らしいほどの「愛の言葉」にもなっているんだな、これが。だから、じんわりと余韻がこみ上げ、あの有名なサゲの一言がピタッと決まるのである。このくだりは、ぜひ生で聴いてみてください。


これまで、芝浜の数あるバージョンの中で、立川談笑の「シャブ浜」(傑作)こそベスト・ワンだと信じて疑わなかった私なんですが、談笑さん、ごめんなさい。今日から、あなたは二番目の男になりました。