スルメ日記

ライターのユッキィ吉田が「ゆるい日常」を綴っております。

いまを生きる

bluesnake2008-09-04



9月に入ったし、いくらなんでも、このあたりで仕事モードに切り替えねばと、殊勝な気分でいたんですが……ふと魔がさして宝塚のウェブサイトを覗いたら、雪組の公演タイトルが、なんと「マリポーサの花」


マリポーサといえば、キューバの国花。ううっ、これは、いかん。ラテン・フリークの血が騒ぐ。きっと官能的なキューバン・ミュージックに乗って歌い踊る陽気なミュージカルに違いない。早合点して、行ってしまいました、宝塚大劇場へ(笑)


ところがどっこい。幕が開くと、硬質な政治劇。予想はハズれたものの、これが実に面白かったんですよ。


舞台は、大国の後ろ盾で擁立された軍事政権下の「とある国」(国名は明示されてないんですが、どう考えてもキューバ)。その国でナイトクラブを経営する「ネロ」という男が主人公。このネロ、じつは現政権の樹立にも手を貸した元ゲリラ。しかし、夢を抱いていたはずの理想国家は、今や腐敗をきわめ、国民は弾圧と搾取に悲鳴をあげている。食べるものも満足に手に入らない、病院には薬さえない。堕落した現状に人々は不満を募らせ、国土には不穏な空気が渦巻いているという状態。


そんな情勢下、ネロは危ない「密輸取引」に手を染めている。なぜなら、密輸で資金を調達し、病院や学校を建設するため、生活をするためである。武力蜂起するのではなく、やれることをやる。イデオロギーを叫んでも何も変わらないし、良くならない。それよりも、目の前の「不幸」をひとつでも無くしたい。たとえ不法行為であっても、闘争に明け暮れるよりは、マシ。こういう男が主人公なんですよ。宝塚の伝統的ヒーロー像の対局に位置するような、現実的でビターな人物造型。これが、新鮮でおもしろい。


ネロを中心に、ゲリラ時代の戦友、プランテーションの経営者、若き学生運動家、マフィアのボスなど、登場するのは複雑なバックボーンを持つ人物ばかり。一応、ミュージカルってことになっているんですが、ほとんどストレート・プレイ。はっきりいって、動きは少ないし、セットは簡素だし、会話主体の作劇だし、劇的なカタルシスは薄い。


でも、私は胸に沁みました。それは、ひとえに主人公の生き方が、とても現代的だから。「知力」で行動しているから。生きることの苦さ、切なさをちゃんと描いているから。それを支えるセリフが光っていたから。決してスカッと楽しめる芝居ではないけれど、観た後、清涼な余韻が残る佳作です。大劇場ではなく、コンパクトな空間で、もう一度じっくり観たいな。


キューバの人々にとって、マリポーサの花は、日本の桜のような存在。懐かしくも誇らしいシンボル。劇中、一輪の白いマリポーサが「生きている証し」として使われるんですが、あの国のファンとしては、グッとこみ上げてくるものもありました。


マリポーサの花言葉は「豊かな心」