カキフライ理論
4月から「プロライター道場」という勉強会に通っている。そこで「カキフライ理論」で自己紹介文を書け、という課題が出た。
カキフライ理論? なんじゃそりゃ?
調べてみたら、村上春樹さんの言葉だった。村上さんに「自己紹介が書けない」という質問をした大学生がいて、その答えが「カキフライ」だったそうだ。
そういうとき、僕はいつも言うんだけど、「カキフライについて書きなさい」と。自分について書きなさいと言われたとき、自分について書くと煮つまっちゃうんですよ。煮つまって、そのままフリーズしかねない。だから、そういうときはカキフライについて書くんですよ。好きなものなら何でもいいんだけどね、コロッケでもメンチカツでも何でもいいんだけど…
なるほど、自分の好きなことを書けばいいのか。合点。そこで書いた自己紹介文を掲載しておきます。
我が輩は猫である。名前はまだない。
と言いたいところだが、ウチの飼い主が、タモリと名付けおった。
ヤツはタモリのファンらしい。どんなに忙しくても「ブラタモリ」と「タモリ倶楽部」の視聴は欠かさない。
ヤツは物書きを生業にしておる。日がな一日、机に向かうのが、夏目漱石先生の時代から物書きの習わしじゃが、今はそうでもないらしい。毎日、あちこち飛び回り、いろんな人間諸君に話を聞くのが仕事じゃそうな。何が楽しいのか知らんが、そんな稼業を25年もやっておる。
若い頃は、リクルートという会社にいたそうだ。コピーライターなる職業に就いていたが、バブルに浮かれて、うっかり独立したのが運のつき。世間は冷たかった。仕事がない、どこにもない。探しまわったあげく、とあるテレビ制作会社に拾ってもらい、台本書きの仕事にありついた。
ところが、バブルは間もなく破裂。またもや寒風吹く場末をさまようことになる。わしら猫は自分でエサを捕獲するが、飼い主にはその能力が欠けていた。もっと営業すれば良かった……と今ごろになって悔やんでおるわい。
その頃、読んでおった雑誌で「編集ライター講座」なるものを発見する。こういうところで勉強したら、ちょっとはマシになるだろうか。安易に考えたヤツは、大枚はたいて申し込む。
「タモさん、勝谷誠彦って知っとる」
「酒飲み過ぎてくたばったヤカラか」
「勝谷さんが、教えてくれたんや」
「酒の飲み方か」
「いや、ライターとは何ぞやを」
講師のひとりだった勝谷某は、こんな言葉を残したらしい。
一流のモノ書きは、まず一流の人間であれ。
自分のオフィシャルプロフィ―ルを作っておく(自分の鏡を置いておく)。
売れている人は優秀な経営者。
虚心坦懐に誰にも左右されずに情報を集める。
24時間、全身を耳にする。
ビジュアルのディレクションができなければ務まらない。
階段は駆け上がれ(体が資本)。
ムダな飯を食わない(食べるなら意味のあるものを)。
勝谷某はどんなに酔っておっても、朝5時には起きていた。ラジオ体操をして、6時から1000字ピッタリの日記を書いていたそうじゃ。ひたすら書くことで、筆力というものは身につくらしい。
「この講座に通って実感したんや」
「ほぉ〜何を?」
「物書きは、人間性がいちばん大事なんやと」
「ええことも言うんやな、酒飲みやけど」
以後、飼い主は師匠の教えを肝に命じて物書き稼業で生きてきた。今は経済ライターなどと名乗っておるが、大した知識はない。ひたすら勉強の毎日。そうやって先人に追いつくしか術がない。
ちなみに飼い主は、落語が大の好物でもある。夏目先生もそうじゃった。三代目小さん師匠をえらく贔屓にしておったな。
我が輩は、2ヶ月前に天国というところへ引っ越してきた。住み心地はなかなかじゃわい。飼い主はまだ当分、世俗の荒波にもまれるそうだが、わしはそのうち、勝谷某とでも一献を傾けたい。会えるのを楽しみにしておる。