スルメ日記

ライターのユッキィ吉田が「ゆるい日常」を綴っております。

自然の力 「桜を見る会」

週末「桜を見る会」に行ってきました。

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場所は、大阪・都島区にある藤田邸跡公園です。大阪では桜の名所として有名な公園だそうですが、私は初めての訪問。

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園内には桜をはじめ、梅や桃など春の花が咲き誇り、目の保養になりました。

 

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桜を見る会」の主旨は、花見ではありません。2019年の台風21号で倒れてしまった桜の樹を復活させようと、京橋の地域活性化機構が若木を植樹。その成長を見守る会で、今年で4年目を迎えます。植樹した桜は、ずいぶん大きくなり、すくすくと育っているようでした。

 

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植樹4年目の桜の若木

 

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京橋地域活性機構のプロジェクトです

お天気が良く、桜もピークとあって、かなりの人出でしたが、大いに楽しみました。
エンタメ・プログラムが充実していて、よしもとの若手漫才コンビ、ボロボロバイセコーのおふたり。ソンガーソングライターのAYAHO(アヤホ)さん。ジャグラーのCHARHAN(チャーハン)さんがパフォーマンスを披露してくれ、なんとも贅沢な時間でした。

 

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デビュー3年目の若手漫才コンビ、ボロボロバイセコーのおふたり。
都島区の住みます芸人さんです。

 

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ソンガーソングライターのAYAHO(アヤホ)さん。4月から始まるアニメ「妖怪シェアハウス」のエンディングテーマを歌っているそうです。

 

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ジャグラーのCHARHAN(チャーハン)さんが見事なパフォーマンスを披露してくれました。


コロナで外出する機会が減っていたので、久しぶりに自然の中でのんびりできて、気分転換になりました。

挑戦する人 大名古屋らくご祭2021

今更ですが、昨年のクリスマスイブの話で失礼します。

毎年恒例の「大名古屋らくご祭」(名古屋市民会館)へ馳せ参じました。

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昨年11月に、新作落語の先駆者である三遊亭円丈師匠が、残念ながら他界されました。
出演メンバーは、白鳥さんを除いて、別の師匠のお弟子さんですが、新作落語を学んだのは円丈師匠からだそうです。

まさに「円丈チルドレン」4名。どの高座も恩師への感謝を込めた一席になっていて、胸に沁みるものがありました。

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三遊亭白鳥 黄昏のライバルー師匠円丈編
柳家喬太郎 聖夜の鐘
林家彦いち 掛け声指南―ムアンチャイ編
春風亭昇太 鬼背参り

出色だったのは、弟子の三遊亭白鳥さん。
師匠への入門エピソードに始まり、いかに師匠が、突き抜けて、奇抜な、すごい存在だったかを爆笑噺に仕立てての口演。単に追悼するのは簡単ですが、笑い取りながら功績を伝えるのは、至難の技だと感服。

2021年いちばんの高座となりました。

 

私も何度か円丈師匠の高座を聴いたことがありますが、常に挑戦する姿勢に感銘を受けたことを今も思い出します。

 

 

愛嬌と軽み 春風亭一之輔落語会

先日、春風亭一之輔さんの落語会(大阪・道頓堀)へ行ってきました。
NHKの「超入門!落語 THE MOVIE」や「落語ディバー!」などのテレビで何度か聴いたことがありましたが、生の高座は初めて。

見た目がコワモテなので(失礼)、無骨で怖い方だと思っていたんですが、さにあらず。愛嬌やフラがあり、よい意味で肩の力を抜けた高座でした。
テレビを通した印象とは違っており、やっぱり落語は生だな、と改めて感じた次第。

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演目は、「唖(おし)の釣り」「へっつい幽霊」
そして「浜野矩随(はまののりゆき)」

 

「唖(おし)の釣り」は差別的な表現があるため、今では演じ手がほとんどいない貴重な演目。一之輔さんは、林家彦六師匠の録音を聴いて覚えたそうです。

 

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「浜野矩随」は、ベテランの方がよくかける普通は人情噺ですが、大半の噺家はしみじみと聴かせ、静かに終わります。(悲劇でもあるので)

しかし、一之助さんは時折、笑いを盛り込んで、最後は明るく締めくくる。
その構成に、やられました。

 

いやぁ、うまいね。

毎年恒例 「猫の日落語会」

2022 年2月22日は、スーパー猫の日
ということで、恒例の「猫の日落語会」(大阪・繁昌亭)へ行ってきました。

 

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猫好きの上方芸人さんが集まり、落語、講談、コント、紙切り、芝居など
趣向を凝らした高座で、大いに笑わせてくれました。

 

入り口では、黒猫の着ぐるみがお出迎え。
客席には猫耳をつけたお客さんも。
この会、今年で12年目だそうで、なかなかの盛り上がりでした。

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落語や講談の主人公は、すべて猫になっており
芸人さん演じる芝居は、落語の「お見立て」を猫バージョンにアレンジ。
猫の仇役は、犬の着ぐるみ姿。お大尽を熱演(?)しており、猫への愛情(なのか?)があふれていました。

 

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落語家の笑福亭右喬さんは、なんと22匹の猫を飼っているとか!
たまに名前がわからなくなり、イメージで猫を呼ぶそうです。

 

ちなみに右喬さん、こんな方です。猫に似て丸顔(笑)

 

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おまけ。うちのタモリです

 

人生の疵 映画「ドライブ・マイ・カー」

映画「ドライブ・マイ・カー」を観てきました。

 

主演の西島秀俊さん、ドライバー役の三浦透子さんも良かったけれど、複雑な役を演じきった、岡田将生さんが出色でした。

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映画の後、原作が収録されている村上春樹さんの『女のいない男たち』も読了。原作は短編なので、濱口竜介監督が、他のエピソードも織り交ぜて映像化したそうです。

 

説明を抑えた演出なので、冒頭は少し分かりづらかったけれど、ストーリーの進行につれて惹き込まれ、ラスト30分は圧巻。

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チェーホフの『ワーニャ伯父さん』(1897年)とシンクロさせた脚本が、素晴らしかったです。

 

「仕方ないわ。生きていかなくちゃ…。長い長い昼と夜をどこまでも生きていきましょう。そしていつかその時が来たら、おとなしく死んでいきましょう。あちらの世界に行ったら、苦しかったこと、泣いたこと、つらかったことを神様に申し上げましょう。そうしたら神様はわたしたちを憐れんで下さって、その時こそ明るく、美しい暮らしができるんだわ。そしてわたしたち、ほっと一息つけるのよ。わたし、信じてるの。おじさん、泣いてるのね。でももう少しよ。わたしたち一息つけるんだわ…」

 

このセリフを手話で表現しており胸に沁みました。

 

濱口監督といえば、脚本を担当した映画「スパイの妻」(2020年)も見応えがありました。

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スパイの妻・蒼井優さんと、身分を隠して結婚した高橋一生さんのラブストーリーかと思いきや、まったくさにあらず。中盤から話は急展開。高橋の正体が露見した後も、国家機密を知ってしまった夫に寄り添い、最後には精神を病んでしまう、という難役をこなした蒼井優さん。その鬼気迫る演技には凄みをも感じました。

 

「ドライブ・マイ・カー」に話を戻すと

 

今年のアカデミー賞で、作品賞を含め4部門にノミネートされました。
日本映画が作品賞候補になるのは、始めてだそうです。
3月の授賞式が今から楽しみです。

 

 

あの頃のこと ー『2016年の週刊文春』

『2016年の週刊文春』を読みました。
著者は柳澤健さん。花田紀凱編集長の「週刊文春」「ナンバー」編集部に在籍後、2003年に独立し、ノンフィクション作家として活躍する方です。

 

文藝春秋社の軌跡を追いつつ、週刊文春の創刊から現在までを克明に綴った一冊。多彩な出版人が登場しますが、主人公は花田紀凱さん。花田体制の「週刊文春」が、いかにヒットを飛ばしたか。その内幕が手に取るように描写されており、読み応えがありました。

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花田さんは、1966年に文藝春秋に入社。最初は「オール読物」編集部に配属され、
池波正太郎の「鬼平犯科帳」の名付け親だったそうです。(知らなかった!)
その後1968年に「週刊文春」編集部に異動し。持ち前の好奇心と行動力で次々とスクープをものにしていく。

 

あさま山荘銃撃戦
大久保清の大量殺人
三浦和義の疑惑の銃弾事件
岡田有希子の投身自殺
貴花田宮沢りえの婚約解消
オウム真理教坂本弁護士殺害事件
統一教会の集団結婚騒動
ジャニーズ事務所セクハラ裁判

 

他にも多数の有名な事件の取材を行ったそうです。


1988年に「週刊文春」編集長に就任。同年発生した女子高生コンクリート詰め殺人事件では、「野獣に人権はない」と、加害少年の実名報道にゴーサインを出し、大きな議論を呼びました。

 

この頃の週刊文春は、私も愛読しており、確かに上昇気流に乗っているかのような、勢いがありました。糸井重里萬流コピー塾」、デーブ・スペクター「TOKYO裁判」、OL委員会の「おじさん改造講座」の連載も毎週楽しみにしていました。(懐かしい〜)

 

「初めて会った頃の花田さんは髪が肩まであって、しかも縦巻きパーマ(笑)。太いロッドで巻いていた。ジーンズの上に米軍が放出したカーキ色のジャケットを羽織っていて、ますで『セルピコ』のアル・パチーノだった」(後輩社員談)

 

私は2002年「編集会議」のライター講座へ通ったのですが、そこで主任講師を務めてくれたのが花田さんでした。文藝春秋を退社し、宣伝会議の取締役を務めていた時期です。花田さんは物腰が柔らかく気さくな方で、すごいキャリアを持ちながら、決して自慢したり、周囲を見下したりしない。受講生との飲み会にも快く参加してくれました。

 

不遜ながら「あぁ、この人は女性にモテるに違いない」と感じたのを覚えています。

 

本の後半に登場する一節が心に染みたので、長文ですが引用します。2018年11月28日に急逝したコラムニスト・勝谷誠彦さんへ花田さんが送った追悼文です。

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11月29日、勝谷誠彦の葬儀を了えたあと、尼崎の駅のコーヒーショップで、ぼく、西川清史(前文藝春秋副社長)、柳澤健(ノンフィクション作家)の三人で、しばらくしんみりと話をした。
三人とも口数は少なく、無性に寂しかった。あの勝谷誠彦が、死んでしまったなんて‥‥。

1985年、文藝春秋が隔週刊の写真誌『Emma』を創刊した。が、時は『フォーカス』『フライデー』全盛時代、両誌に引っ張られ、過激な内容になって2年で廃刊。文藝春秋にとっては鬼っ子的存在で、今や社員からも忘れられている。
ぼくが特集班のデスクで、その下に石山伊佐夫(のち桐蔭大学教授)、勝谷。西川が表紙などビジュアル担当で、その下に柳澤。当たり前だが、皆、若かった(中略)

 

あの年は、ことのほか事件の多い年だった。日航ジャンボ機御巣鷹山で墜落、疑惑の銃弾の三浦和義逮捕、女優夏目雅子死去、阪神タイガース21年ぶりに優勝、そして翌年4月、岡田有希子飛び降り自殺‥‥。

 

その度に『Emma』は過激な写真を掲載、社内外で物議をかもし、ヒンシュクを買った。隔週刊だから過激にしなければ『フォーカス』や『フライデー』に対抗できなかった。

社内では冷たい目で見られていたかもしれないが、しかし編集部は活気に溢れ、エネルギーに満ち満ちていた(ぼくの思い込みかもしれない)。あの激動の日々から、もう30年以上の月日が過ぎたとはとても信じられない

 

その後、紆余曲折あって、ぼくと勝谷、柳澤は社を辞め、それぞれの道を歩んだ。西川だけは車に残り、順調に出世し、副編集長まで務めて2018年に退社した。それぞれが忙しい身で、しょっちゅう会うというわけにはいかなかったけれど、それでも何となくお互いの動静は気にしていた。

 

勝谷にはぼくが編集していた『WiLL』、そして今の『Hanada』に十数年にわたって朝日新聞批判のコラム「築地をどり」を連載してもらった。文体に凝りに凝り、勝也以外、誰も書けない名コラムだった。

 

いろいろ悩みも多かったのであろう、2年ほど前、勝谷は鬱状態になり、一時期コラムを休んだ。その後復活したが、往年の冴えはみられなかった。けれど、ぼくは勝谷にそれを指摘するのが忍びなく、そのまま掲載し続けた。あの勝谷のことだから、いつかまた、鋭さを取り戻すだろうと信じていた。

(中略)
棺の中の勝谷の顔は薄化粧をほどこし、穏やかであった。
あのイタズラッ子のような勝谷の笑顔にもう会えないと思うと限りなく寂しい。
このところ蒲団に入って、枕元の電気を消すと、勝谷のことを考えてしまう。楽しかった思い出、バカなことをやっていた日々ばかり思い出す。


バカヤロー、勝谷、早過ぎるよ!

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なぜ「2016年〜」というタイトルなのか。
文春オンラインスタートし、雑誌からデジタルへ転換が明瞭になった年代を象徴しているそうです。

一滴の雨水 『猫を棄てる 父親について語るとき』

『猫を棄てる 父親について語るとき』(村上春樹著)を読みました。

 

村上春樹に不案内な私に、書評家の友人が奨めてくれた一冊です。副題にもあるとおり、村上さんが、初めて父親のことを書いた本。太平洋戦争で大陸へ出兵し、命からがら生き延びた父親。その戦争体験を詳らかにし、どんな人生を歩んだのかを、わかりやすい筆致で伝えています。

 

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「猫を棄てる」というタイトルは、村上さんが子ども時代の体験が元になっています。


幼少期、西宮市の夙川に住んでいた村上少年は、ある日、父と一緒に近くの海岸へ猫を棄てに行ったそうです。なぜそうしたのかは定かでないが、猫を海岸に残し、親子が自宅へ帰ってくると、猫は一足先に自宅に戻っており、2人を驚かせたそうです。
(ちなみに、この猫は以後長い間村上家で飼われました)

 

この記憶を思い出し、長年、不仲で絶縁状態だった父のことを、ようやく書けるようになったそうです。

 

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私の父は、51歳で他界しましたが、今頃になって、父がどんな人生を歩んだのか、ふと思い返す時間が増えてきました。

 

「時が忘れさせるものがあり、そして時が呼び起こすものがある」という帯のフレーズは、まさに私の心境だと。

 

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「言い換えれば我々は、広大な大地に向けて降る膨大な雨粒の、名もなき一滴に過ぎない。固有ではあるけれど、交換可能な一滴だ。しかしその一滴の雨水には、一滴の雨水なりの思いがある。一滴の雨水の歴史があり、それを受け継いでいくという一滴の雨水の責務がある。我々はそれを忘れてはならないだろう。たとえそれがどこかにあっさり吸い込まれ、個体としての輪郭を失い、集合体的な何かに置き換えられて消えていくのだとしても。いや、虫をこういうべきなのだろう。それが集合体的な何かに置き換えられていくからこそ、と。」

 

村上さんの思いが込められた終章の、この一節が、やけに胸に沁みました。

 

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文章もさることながら、随所に挿入されたイラストが、味わい深く、何かを物語ってくるようです。村上さんが、画風に惹かれたという台湾の高研さんの手によるものです。

 

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