スルメ日記

ライターのユッキィ吉田が「ゆるい日常」を綴っております。

大阪の品格

国立文楽劇場



昨日は、御堂筋を歩いた後、文楽を観にいった。夕暮れの道頓堀、南へ下って、ネオンきらめくホテル街。デート嬢との逢瀬を楽しむ男衆が闊歩する路地を抜けると、昔々、刑場だった千日前。そんな街の真ん中にある国立文楽劇場


全国に劇場と名のつくところは数々あれど、私は、この文楽劇場がいちばん好きである。なんたって立地。遊里と芝居町は昔から切っても切れない縁。悪所通いの危うさ、切なさを、今もって感じさせるロケーションが、いいのですよ。芝居とは、人間の劣情を呼び戻すためにある。それをちゃんと教えてくれる場所です。しかも、目の前には黒門市場。芝居がはねたら、そのまんま酩酊できるし。


吉田玉男の一周忌追善興行。昨年9月、他界された玉男さんを偲んで「源平布引滝」と「曾根崎心中」


「曾根崎」の徳兵衛は、玉男さん生涯の当たり役。1136回も上演したのに、私はついぞ見ぬまま終わってしまった。一生の不覚。ということで、今ごろ、いそいそとやってきたわけである。


玉男、蓑助のコンビは、弟子が受け継いで、玉女、勘十郎。幕開き、生玉社前の段で、茶屋の中からそっと顏をのぞかせるお初の可愛いらしいこと。後の席に座っていたおじさん二人連れが、「おぉぉ、いろっぽいなぁ…」と洩らす。(本当に、おぉぉぉ…と唸っていました)このひとたち、終演後、あの路地へ消えていくな。間違いなく。


弟子に主役を譲った蓑助は、敵役の九平次。徳兵衛を辱めるワルなのに、蓑助さんが遣うと、まぁ、なんと艶やかなことよ。驚きました。立ち姿の美しさといい、こぼれるような色香といい、とても七十四歳には見えません。


玉男さんは、八十五歳まで舞台に立っておられた。役者は身ひとつでもいいけれど、文楽は十キロを超す人形を持たねばならない。自在に動かさねばならない。八十代になっても人形遣いであり続けるのは、いかほどの体力だろうか。天満屋の縁の下に、じっと潜む徳兵衛を見ながら、いまさらながら玉男さんの凄さを思う。淡々として、品格があり、頭抜けた技と芸を備えた人だったなぁ。


玉女、勘十郎コンビは、動きに硬いところがあるものの、なかなかの出来。なんて書いてますが、私は、文楽はほとんど門外漢。でも、お二方の懸命さは、ずしりと伝わってきた。